コラム

寄稿コラム:人生やりなおし研究所 Talking BAR 編 vol.3 「運や偶然、あるいは引き寄せについて」 ゲスト:身体感覚教育研究者・松田恵美子さん

2015.11.24

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「人生やりなおし研究所 Talking BAR編「運や偶然、あるいは引き寄せについて」意識やエネルギーを高める自分の鍛え方」にご参加いただいた白澤健志さんにコラムをご寄稿いただきました。

 

1. イントロダクション

初めにお断りしておくが、私は『すべては確率論で決まる』と考えるタイプの人間である。占い師の言葉に真剣に耳を傾けるようなことはしないし、縁起を担ぐおまじないのようなものも持ち合わせていない。だから「運を高めよう」とか「幸運を引き寄せよう」といった読み方をいかにも誘発しそうな今回のタイトルには、正直なところ、あまり魅かれるものがなかった。
だが、主催者であるBe-Nature代表の森さんの話によれば、15名の参加枠は早々に埋まってしまったという。キャンセル待ちの方も含め、その圧倒的多数が女性。いったい何が今時の女子を魅きつけるのか?そのような興味に駆られて、数少ない(計3名だった)男性参加者の一人として、会場に足を運んでみた。

司会を務める森さん自身もまずはその辺を知りたかったらしい。トークに入る前、参加者に三択で「興味の中心はどこに?」と訊く。会場の答えは「テーマ」と「松田恵美子さん」がほぼ半々。どうやら今日は松田さん目当てで来た方が多いみたいですよ、と森さんが水を向けると、横でスタンバイしている、ベージュの作務衣に身を包んだ松田さんが、やわらかくはにかむ。
五十代後半の松田さんは、森さんよりほんのちょっと年上。そして二人は二十年来の友人でもある。基本的には森さんを「マーロン」という愛称で呼んでいたが、時折飛び出す「森クンは…」という「クン付け」の呼び掛けが私には新鮮で、でもとても自然に響いた。森さんのほうも、「松田さん」、「松田先生」そして「エメ(松田さんの愛称)」の三つを自在に使い分けながら、つかず離れずの距離感でやりとりを進行させていく。

Be-Nature Schoolの創業は今を遡ること十九年前の1996年。二人の関係はそのすこし後に始まった。
「99年にスタートした『自分という自然に出会う』というシリーズが松田さんとの関わりの始まり。その後『身体感覚講座』を隔週でやってもらったんだよね」
と森さんが述懐すると、松田さんも
「当時、代々木上原にあったBe-Natureの事務所で、畳を敷いて。昔は整体に近い感じで、立ったり座ったり、それを繰り返すようなこととかやっていた」
と言葉を継ぐ。
「二人組みでお互いの身体の輪郭を確認するコトをしたとき、とはいっても相手に直接ふれているわけではないのに、完全にお互いにわかり合った!と感じる瞬間があって、不思議だったなぁ…」と森さん。
当時の雰囲気を伝えるこんな回想の言葉が、二人の口から次々と溢れ出して、会場は一気に松田さんの醸し出す雰囲気に包まれていった。

ここでトークは短くブレークし、小テーブルごとの自己紹介タイムに入った。
参加者には、松田さんに初めて会う方ももちろんいたが、普段から松田先生主催の『身体感覚講座』を受講されている「生徒さん」も少なくなかった。彼(女)たちが異口同音に発したのは「松田先生、いつもと違う」「リラックスした感じ」というコメント。私は、身体感覚講座の場での「松田先生」の姿は知らないが、凛とした雰囲気の漂う場が想像された。

 

2. 『運』と『偶然』

トーク再開。あらためて今回のテーマに沿って二人が話し始める。
「まず、『運』について…」
と言いながら、まずは森さん自身が、意外にも否定的な口調で話し出す。
「『運』っていう言葉が、最近しっくりこないんだよね。『運』って、ほんとはないんじゃないかなあ、と思うようになった。それって単なる『集積』なんじゃないか、と」
なんというか、あまり企画者らしくない?そのコメントも、松田さんは
「以前とは変わったね、森くん」
と平然と受け止めつつ、次のように言葉をつないだ。
「確かに、『気』は高められるけど、『運』はそうはいかないからね。運は『運ぶ』であり、『流れ』。エネルギーがどちらに行くか、それが『運気』。自然の流れに沿って、行く。流れに上手に乗ると、うまくいく」
『自然の流れ』って何?と森さんが訊くと、
「理に適っている、無理がない、ということ。身体にも、理に適う動かし方や使い方がある」という答えが返ってくる。
森さんは、松田さんの言葉に頷きつつも、なにやら考えている表情。まだまだ訊きたいことがあるようだが、時間の都合で次の『偶然』に進む。

ここでまた森さんから会場に質問。今度は二択。
「『世界は偶然に満ちている』と思うか、『世の出来事はすべて必然である』と思うか?」
松田さんから「両方じゃないの?」と声が上がったのを制し、森さんは会場に答えを要求する。果たして、8割が『必然』を選んだ。渋々手を挙げた松田さんも『必然』派だ。
なぜ『必然』?と森さんが問うと、松田さんは堰を切ったように喋り出す。
「起こることは、説明しようと思えば何でも、エネルギーの関係で説明がつく。でも時折、突然変異が起こる。それを『起こるべくして起こった』と思ってしまうとつまらない。プラスマイナスゼロの状態になった時、何が起こるかは予測不可能。つまり、真空が…」
「…何を言っているのかわからないッス(笑)。フツーの言葉で言うと?」
会場の空気を代弁する森さんのツッコみに、場が笑いに包まれる。松田さん自身も笑いながら、あらためて説明する。
「この世界の至る所で『因』と『果』、つまり『因果』が起きている。『因果』と『因果』、因果同士も、クロスしたり、くっついたり、曲がったりして、別のところへ行ってしまう」
すると森さんも、
「縁が起きる、と書いて『縁起』。これは因果とは違う。因果は必然、縁起は偶然。自分が動き回ると縁が起こって世界が変わる。だからさっきの二択はどっちも正しい。ずるいけど(笑)」
と受ける。

そこからまた、松田さんが語り始める。
「私達には『意味付け』の病いがある。『偶然だったけど、やっぱりなあ』、『なんとなくそうかもね』くらいがいい。いろんな縁が絡み合っている中で」
それを聞いた森さんは、ふと、財布を失くしたエピソードを紹介しはじめた。
「僕、財布を二回連続で失くしてしまったんです。その時、ある人から『気を付けて、もっと大事なものを失くすかもしれないというサインだよ』と言われて。これって、世界からのメッセージなのかな?」
神妙な顔をする森さんに、松田さんは言う。
「その出来事の意味するものは…二度あることは三度あるってこと(笑)。気が抜けていたんだね。神様がどうこうではなく、ただ単に、自分の気が回っていない状態。お財布を失くしたのは、森くんが注意散漫だから!(笑)。それだけ。それを『神様がこう言っている』とか思わない方がいい。そこはクールに、冷静に見るべき。『メッセージ…』なんて言っていると、良くないことを『引き寄せ』ちゃうよ」
松田さんの、痛烈ながらも愛のある返し。世界から意味を過剰に読み取ろうとする姿勢を否定するところが意外でもあり、また面白くもある。
そこで森さんがポツリ。
「今日の発見。松田さんは、とっても現実的な人。だから、こんなアヤシイ仕事をきちんとやれるんだね(笑)」
再び会場が笑いの渦に包まれたところで、十分間の休憩が挟まれた。

 

3. 『引き寄せ』と『流れ』

休憩が明け、まずは松田さんが、話を先ほどの流れに戻す。
「良くないことが起こった時は、一度『流れ』を切らないといけない。一旦切るべきものを継続させてしまうと、どうしてもそちらに『流れて』行ってしまう」
ここで森さんが、三つ目のキーワード『引き寄せ』について会場に訊く。
ずばり、『引き寄せ』を実感するか、しないか?の二択。
それぞれの選択肢に挙がった手は、ほぼ半々だった。そして松田さんの答えは「実感する」。

「意識を集中させることで何か望みのものを得る、というのは、あり得ないことではない」
独特の言い回しで、松田さんが、いよいよ核心に近い部分を語り始める。
「『なりたい自分』を紙に書き、それを毎日眺めて自分に染み込ませ、実現していく…。そういう講座が世の中に多く出てきた。実際、それで実現するものもある。でも、頭で、言葉だけで、その願望にこだわり続けていくとどうなるか」
ここで松田さんは、ある知り合いの女性講師の事例を紹介した。彼女は、求められるがまま、そのような願望実現のための講座を数多く主催していた。頭で、言葉で、願望を強くイメージする、させる。その繰り返しの中で、エネルギーがどんどん頭に集まっていった。
やがて彼女は体の不調を覚えた。患部は腹の中。エネルギーが頭に集まり過ぎた分、骨盤の内部がスカスカになっていたという。
「身体の原理としては、こういうことは当然起こりうる」
大変な苦しみを抱えながら、一年後、彼女はこういうこと(講座)から降りた。

「私達は欲張りなので、人生には良いことばかりが起こってほしい、嫌なことが起こってほしくない、と思っている。でも『良いことばかり起これ』と念じる、そこに落とし穴があるのではないか」
そう言って松田さんは、森さんのほうを向く。
「財布を落とした。それでも、落としてよかったことがあったのかも知れない」
「その後、新品を買ったら、今度はトイレに落としちゃったんですよ…」
「ウンが付いた、と(爆笑)。そう、物事はいいことばかりじゃない。陰と陽のバランスが大事。光と闇は対。『良いことばかり起これ』と願えば願うほど世界の光は強まり、その分、闇は深くなる」
「幸福と不幸の総和は、どうやっても同じ、ということ?」
「プラスマイナスが同じでも、振幅の多い、少ない、というのはある。でもジェットコースターみたいな浮き沈みの激しい人生は、自分の器が余程大きくないと耐えられない。変化が大きいほど、現在の状態に対する心配が無意識レベルで湧き起こる。心配は不安を呼び、不安が闇をもたらす。そうしてどこかに歪み(ひずみ/ゆがみ)が出てくる。それがその人の身体を蝕んでいく」
何だか怖い話になってきた。でも思い当るところはある。誰にでもあると思う。

「そもそも、『引き寄せ』という言葉には、西洋的な語感がある。『私が、私が』と、自我が強く押し出されている感じ。私が何かを欲しい、私が何かをこうしたい、私が『引き寄せたい』。そうやって自我が強くなりすぎれば無理が出てくる。それよりも、『そこに起こることは引き合っている。お互いに共鳴して起こっている』と考えることだってできるのでは」

 

4. 『引き寄せ』と『共鳴』

そして松田さんは『共鳴』という概念を提示する。
「互いに引き寄せあう出来事の場では、共鳴が起こっている。人間はそれを無意識のうちにやっている。感応する、呼応する、響き合う、同じ匂いを感じる。良いことも悪いこともお互いに引き合う。出会って生まれた、自然であることの力強さ。相手が誰であっても、気のレベル、エネルギーのレベルで同調し合える状態。そうして起こった出来事を感覚した時に、私達はそれなりの自然な方向へ自覚的に向かえる」
ここまで言って、松田さんは、あらためて森さんの方を向く。
「自分が悪い方に行っているなら、そこに同調しないこと。無理に“メッセージ”を探したり作ったりしないこと。そんなことをすればするほど、その方向を認めてそちらにエネルギーを注いでいってしまうことになる。それよりも、自分は今どんな状態か、どんな流れに乗っているのか、見極めることのほうが大事」
同調しないためには、言い換えれば、違うところに同調するにはどうすればいい?と森さんが問う。
「一番簡単なのは、いったん切ること。忘れること、執着しないこと。真に望むことがあるなら、意識下に沈んでいる自分のエネルギーのルートにつながる種として蒔くこと。花咲くルートはここ、という通り道を作り、もう一回、自分の無意識に放り込んでしまうこと。そもそも本来、自分の真の願いなんて、誰でも簡単にはわからないものよ」
『ルート』はROOT(根)かROUTE(路)か、あるいはその両義を孕んだ『ルート』かも知れない。とにかく、そんな『ルート』に、自分の願いを投げ込めと言う。

そして松田さんは『共鳴』を、もういちど、言葉で説明する。
「本来、自然界にあるものは共鳴しあっている」
「引き合いたい、と思えば、それはできる。身体の使い方次第」
「共鳴力を用いるときは、身体が安定した状態にある方が望ましい」
「肩に力が入ると、気が頭に行く。すると下半身、特に生殖器に近いところ、お腹や腰が抜けてしまう。でも、生命体としては、下半身にエネルギーがまとまっている方が強い」
「例えば治療家は、患者と無意識のうちに共鳴しているので、まずは自分が安定していないといけない」
「出会いは、一期一会で、ちゃんと終える。その『別れる力』も必要になる」
流れるように続く松田さんの説明。その言葉の連なりの中で、森さんは、ウズウズと、何かを質問したい様子。しかし残り時間はわずか15分。ここで松田先生は
「ちょっとはやらないとね」
と言いながら、会場の参加者とともに短い実技の時間を持った。それを文章で記録するのは難しい。が、松田さんの発した言葉の断片を拾いながら、その雰囲気だけでもお伝えしたい。

 

5. 短い実技、握手、身体という記憶場

ではみんな立って。隣の人と握手してみよう。
その時、自分のどこに力があつまって握手している?
指?手?手首?肘?肩?
相手とつながった感じはありますか?

さて、手を放して。
肩は肩甲骨ともつながっている。腕の付け根は、肩甲骨でもあり、胸でもある。
汽車ポッポ遊びの時のように、腕を回してみる。
そのまま手のひらを下に向けて回すと、肩甲骨を感じやすくなる。
更に手を軽くグーにして両側に拡げると肩甲骨が寄ってくる感じ。
力を抜くとぱっと離れる。
この動きを、背骨の動きとつなげていく。そうすると肩が少し楽になる。

肩の力が少し抜けたら、今度は胸から腕を水平に横に伸ばす。
手のひらを上に向けると胸とつながる感じ、胸から手が伸びている感じ。
この時、肩には力が入っていなくてラクな感じ。
手のひらを下に向けて。後ろに回すと背中とつながる感じ。
腕は、胸や背中とつながって使えると、軽くなっている。

肩に「つまり」がなくなり、「長い腕」になったら、
左手を意識したまま、指先から胸を通って気を回して、右手で握手する。
すると、相手と響き合う感じがある。「こいつ、いいやつだな」と感じる。
腕を使いながら、腰に自然と気が集まってくるような身体の使い方になっている。
腰を使うと、相手との共鳴が増す。同調もできる。

 


 

ひとしきり、みんなで「握手」をしあったあと、松田さんが森さんに「何か質問は?」と確認する。
すると、さっきまであんなに質問をしたそうだった森さんが、ひとことも発しない。ただ、すっきりした表情で、にこにこしながら立っている。代わりに松田さんが言う。
「さっき、マーロンの頭の中は言葉でいっぱいだったけど、もやもやしたもの(言葉)はどこかにいっちゃったみたい。身体を通して感じることで、頭から外れちゃったようで…。」
言いながら、松田さんは、実技の中で森さんと握手した場面に言及する。
「さっき、私とマーロンが、二十年振りに握手した。その時、お互いに思い出して、感じるものがあった。そして、二人でその感覚に共鳴していた。傍から見ると、ただニヤニヤ笑っているよう。でも二人の手は、身体は、二十年前の感覚を覚えている。身体は記憶場ですから、残っているんですね〜(笑)」

普段、このような身体感覚講座を各地で開いている松田さんが、Be-Natureでも10月に久しぶりに講座を開くことになった。
「自分の中でくすぶっているものにマーロンが気付いた。その感覚が飛び火したのかな、私も同時にそう思った」
そして結びの言葉。
「今日は来て良かった!縁が起こって、こうしてみんなと共に新しく出会い直し、再スタートができた」
満場の拍手とともに、この夜の会はお開きとなった。

ここまで、会場で共有された言葉を中心に記述してきたが、身体感覚という根本のところはどうしても言葉では表現しきれない。少しでも感じるもののあった方は、ここから先、松田さんとともに身体を感覚する旅に出掛けてみることをお勧めする。

 

6. アフタートーク

トークイベントが終了し、後片付けも一通り終わった頃。松田さんと森さん、そしてスタッフの帖佐さんと私は、残り物をつまみながら簡単な打ち上げをしていた。トークを振り返り、その場では聞けなかったこぼれ話を聴き、余ったお酒を味わっていた。
ふと私は、自分が昨年受講した、とある身体表現ワークショップの話をしたくなり、松田さんに話しかけた。
「松田さん、Kさんってご存知ですか?」
Kさんは、そのワークショップを主宰した、著名な演出家である。
途端に松田さんの目が大きく開く。
「知っているも何も、私は、昔からの知り合いですよ」
聞けば、松田さんは、Kさんがほぼ無名の頃からの、三十数年来の付き合いだという。
三十年来のKさんファンを自認する私も、これには絶句せざるを得なかった。
更なる驚きは、だが、その後に来た。
「明日、久しぶりにKくんに会いますよ。彼の劇団の公演を観に」
「えっ、僕も明日、予約しているんですよ。この日しか都合がつかなくて…」

そして翌日、Kさんの劇団の公演後。そこには、揃ってKさんに挨拶する、松田さんと私の姿があった。
これっていったい、どのくらいの確率で起こることなのか?
運、偶然、引き寄せって、何?

ほんの数時間、松田さんのそばにいるうちに、私にも何かを引き寄せる力が知らず知らず付いてきた、のかも知れない…。

[白澤健志]


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